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海岸の研究
海岸研究室

海岸研究室 研究テーマ
[3]海岸環境

3.インパクト・レスポンスフローを活用した海岸環境調査

1).はじめに

 平成11年の海岸法改正により,「海岸環境の整備と保全」が海岸法の目的に追加されました.しかし,実際に事業を進めていく段階では,防護・利用・環境の相互間でのトレードオフの問題や,自然環境に配慮した海岸整備を進めていくための技術的知見の不足などが問題となっています.一方, 砂浜には特有の生物が生息し,砂浜自体も水質浄化機能を有します.このため,砂浜の環境的価値が認識されるようになり,海岸保全施設が生態系に与える影響を把握しておくことが重要になっています.

  昨今では,海岸事業におけるアダプティブ・マネジメント(順応的管理)の考え方が提示され,保全計画の策定,事業実施の際に海岸保全施設と周辺の海岸環境や生態系との関連を把握することは,ますます重要になっています.しかし,海岸の生態系は,解明されていないことが多く,それを解明するための実測データは,絶対的に不足しています.また,海岸事業の計画および実施における生物への配慮は,貴重種や水産有用種の生態について着目することが多く,海岸域の生態系保全の観点はこれまで限定的であったと考えられます.

 そこで,本研究では,アダプティブ・マネジメントにおける海岸づくりを念頭において海岸環境変化の予測手法及び評価手法について整理するとともに,砂浜海岸に海岸保全施設を設置した場合の生態系への影響についてインパクト・レスポンスを整理しました.これらの整理を踏まえて砂浜海岸の環境管理に向けた調査について考察しました.

2).海岸保全施設設置による環境の変化

 海岸保全施設設置による環境の物理的変化が生物に与える変化について,波・流れと生物との関係を表-1のように,地形・底質と生物との関係を表-2のように整理しました.その結果,以下の点についての事例,調査や研究が特に不足していることが明らかになりました.

 [1]流れの強さ(流速など)と生物分布との関係
 [2]底質の粗砂化や細粒化などの変化量と生物との関係
 [3]特定の生物(アサリ等)以外の底生生物と水深,海浜勾配との関係

表-1 波浪・流れの変化が生物に与える影響

波浪・流れの変化が生物に与える影響


表-2 地形・底質の変化が生物に与える影響

地形・底質の変化が生物に与える影響


 また,既往文献をもとに,砂浜生態系における食物連鎖に関する情報を表-3のように整理しました.

表-3 砂浜生態系における食物連鎖に関する情報

砂浜生態系における食物連鎖に関する情報


 表-1〜3を組み立てて,インパクト・レスポンスフロー図(以下,I.R.F.図)を作成しました(図-1).この図は,砂浜生態系における食物連鎖の概念を導入し,構造物が砂浜生態系のどの部分へ影響を与えるかを視覚的に説明できるようにすることを目的としています.図中の番号は,表-1〜3の番号に対応しています.この図では,底生生物に矢印が多く集中していることから,砂浜生態系の中で変化を受ける中心的な生物は底生生物であると考えられます.さらに,国土交通省河川局所管の直轄7海岸の生物調査をI.R.F.図にあてはめました.

砂浜生態系におけるインパクト・レスポンスフロー図
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図-1 砂浜生態系における
インパクト・レスポンスフロー図


3).I.R.F図を活用した海岸環境調査

 I.R.F図を活用した海岸環境調査として,図-2に示す調査フローを提案しました.

(1).生物相の把握
 対象海岸の生物生息状況を把握しておく必要があります.この部分に関して,海辺の生物国勢調査などによる環境データの取得および共有化が期待されます.

(2).I.R.F.図の作成
 海岸一般の知見に加えて,対象海岸について、波浪・流れや地形・底質の変化が生物に与える影響や,砂浜生態系における食物連鎖に関する情報も集約し,I.R.F.図を作成します.

(3).生態系全体に影響を与える種(キーストーン種)の抽出
 (1),(2)を集約して,図-1のようなI.R.F.図を各海岸について作成し,対象海岸のI.R.F.図において矢印の多く集中する生物種(場合によっては個別生物)を抽出します.

(4).調査項目の絞込み
 まず,抽出した生物種に関わる物理的変化を絞り込みます.砂浜生態系においては,地形(水深,勾配等)や底質粒径と生物分布との関係が明らかになっておらず,優先的に解明すべき事項であると考えられます.その他,生態系の変化を把握していくためには,食物連鎖に関わる部分も調査することが望ましいと考えられます.例えば,底生生物と定住性魚の食物連鎖関係を明らかにするためには,定住性魚の胃の内容物に関する調査が必要となります.

(5).調査項目に応じた調査の実施
 生物種の生活史を考慮した調査の頻度,期間,範囲,手法を設定する必要があります.

(6).変化の評価
 調査結果を評価し,今後の設計,施工や次の調査にフィードバックすることが重要です.
海岸環境の調査フロー

図-2 海岸環境の調査フロー

4).おわりに

 本研究では,海岸工学分野を中心に事例・知見を収集し,これまで砂浜海岸を対象にはほとんど提示されてこなかった食物連鎖の概念を取り入れたI.R.F図として視覚的・体系的な整理を試みました.さらに,これをもとにした環境調査フローを提案しました.今後,これをもとに,砂浜海岸において実証的データの取得および知見の集約が進むことによって,海岸生態系の保全が促進されることを期待します.

(出典:目黒ら,生態系の概念にもとづくインパクト・レスポンスフローを活用した海岸環境調査の提案,海洋開発論文集,pp.235-240,2005)

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