<砂防部>

地すべり研究室 平成10年度に実施した調査・試験・研究の成果概要


すべり面の土質強度定数決定に関する研究

研究期間:平10〜平13
担当者 :綱木亮介、藤澤和範、柳原幸希

 谷の内地すべりは、延長1,100m、面積54haに及ぶ大規模な地すべり地である。地質構造的に緩い流れ盤を呈するとともに、左右の境界を沢によって規制される。これらの沢は背斜軸に相当することから、本地すべりは向斜域にも位置している。地すべり地内には断層の存在が想定されるとともに、地すべり頭部には二重山陵の地形が見られる。地すべりの層厚は100mに達し、岩種も砂岩泥岩、チャート、凝灰岩等が確認されており複雑な様相を呈している。この地すべり地の周辺の湧水を採水して水質分析を実施した。地すべり地の左右岸境界となる谷の内川、谷屋敷谷川および地すべり地の中央部を縦断する断層に沿って溶存イオン濃度が高く、イオン構成も一致する。これに対して、山頂部から尾根の反対斜面の湧水では、溶存イオン濃度が低く、イオン構成にも変化が見られる。
 本研究から断層面や背斜軸面に沿った地下水脈の存在が示唆されるとともに、それ以外の地域では、岩石を構成する鉱物風化とその生成物に対応した水質の形成が予想される。今後は、地下水観測孔からの採水と水質分析を実施し、岩石の風化による水質変化の実態について調査を進める必要がある。


(一般調査) 切土に伴って発生する地すべりの把握手法に関する試験調査

研究期間:平8〜平10
担当者 :綱木亮介、藤澤和範

 近年高速道路網や地域道路網の整備・拡充に伴い大規模な切土を実施する機会が多くなり、それとともに切土に起因する地すべりも多く発生している。このような地すべりの実際の事例では事前に地すべり発生が予測されず、斜面構成土質に基づく標準法面勾配で切土を行い対策工が施されていない斜面での被災が多い。しかしながら一般的に道路建設の際は地すべり地帯や明らかな地すべり地形を呈する箇所には調査ボーリング等の詳細調査・検討が行われるが、そのような箇所以外では長大な計画路線全域で詳細な事前検討を行うことは難しい。このような状況から道路・切土斜面の維持管理および切土施工時の安全確保のため切土に起因する地すべりを未然に防止し、また対策工の選定や規模の検討のため切土を行う斜面について事前に安定度を把握することが重要であると考えられる。
 10年度は切土を行う斜面の安定度を事前に把握することを目的として、実際に被災した事例についてMorgenstern-Price法を用いた強度定数逆解析および安定解析を行った。その結果、切土前斜面の安全率の傾向と切土が斜面安定度低下に及ぼす影響度の傾向をいくつかの項目毎にある程度推測することが可能であることがわかった。


地すべり斜面における残留間隙水圧の残留率決定手法に関する調査

研究期間:平9〜平11
担当者 :綱木亮介、冨田陽子、又吉博美

 貯水池周辺の地すべり対策工の設計のためには、貯水位の低下に伴う地すべりブロック内の残留間隙水圧の残留率を適切に評価する必要がある。しかしながら、地山が不均質である、透水係数等の物性値の評価が難しい、といった原因から、その評価が容易でないのが実状である。そこで、ダム貯水池周辺の地すべり地における計測事例の収集・整理、モデル斜面や実際の事例に関する浸透流解析等によってこの値を適切に評価するための手法についての検討を実施している。
 10年度は、9年度に収集した計測事例の詳細な分析を行うとともに、若干の地すべりの事例について浸透流解析の試算を実施した。その結果、計測結果からみた残留間隙水圧の残留率は40%以下である事例が68%を占める一方、残留率が60%以上である事例も23%にのぼることが明らかになるとともに、モデル化やパラメータの設定が適切であれば、浸透流解析によって残留率を設定できる可能性がある程度明らかとなった。


地震等による地すべり土塊の移動機構に関する調査

研究期間:平7〜平10
担当者 :綱木亮介、藤澤和範

 降雨や融雪による地下水位の上昇により発生する地すべりは、雨水の地下浸透に必要な時間があることから、降雨の終了後にも発生する場合がある。これに対して地震により発生する地すべりは、地震による振動の発生から終了までの極めて短時間に発生する。
 地震により発生する地すべりは、移動量の大きい現象が注目されるが、多くの事例は尾根部に発生する小規模な崩落であり、大規模な崩壊の発生事例は比較的少ない。また、過去に地すべりを発生した経歴を持つ斜面は特殊な斜面地形(いわゆる地すべり地形)を形成することが知られている。地震による地すべり地形の大規模な崩落事例は知られていないが、斜面の小さな変形や移動については見逃されやすいこともあってその実態は不明の点が多い。そこで、地震による地すべり地形を呈する斜面の変動を把握するために斜面変動の計測記録および斜面変動についての調査報告書を収集して地震による再活動地すべり地の変動の実態を整理した。


植生の浸透防止効果に関する調査

研究期間:平10〜平11
担当者 :綱木亮介、冨田陽子

 山地森林の保護・育成の必要性・重要性が増してきている。特に近年は森林を生産の場というよりはむしろ森林の公益的機能を期待して整備を行う事例が相次いでいる。日本の国土面積は3778万haあり、そのうち地形区分による山地は61%を占める。このほとんどが何らかの植生で覆われている。植生が有する機能の中には土砂災害の防止に有効なものもあり、土砂災害防止対策を講じる手段の一つとして植生を利活用することは自然環境保全の観点からも有効である。しかしながら、これまでの他機関も含めた植生に係わる多くの調査研究において、植生が土砂災害の防止に与える効果は、現在の人間の生活環境を優先して考えた場合には非常に小さいことがわかっている。よって利活用においては人工構造物との併用という方向に向かうことになろう。一方、植生はその土地の現況(地形・地質など)や履歴を把握し及び将来を予測する指標として、砂防指定地などの土地を良好な状態で管理する手法へも利活用が可能と考えられる。
 このような観点から、植生が示す土地の状況(履歴・将来を含めて)を把握する手法を検討するものである。
 10年度は、既存の調査研究成果等から山地森林が有する機能及び効果について、「防災」と「環境」に分類して整理を行った。ここで、機能とは森林のもつ様々な働き(作用)を、効果とは対象(この場合は人間や生態系など)に対する諸機能の具体的発現の結果として得られるものを指している。なお、「環境」において、景観、教育、芸術、保健、レクレーション等の主観的要素の強いものについては対象外とした。


新素材を用いた地すべり調査法の開発

研究期間:平10
担当者 :綱木亮介、藤澤和範、柳原幸希

 鉛直方向の地下水流動層を調べる一般的な方法として、塩分希釈による地下水検層(以下、「地下水検層」という)が挙げられる。しかしながら、孔内水の不十分さや比抵抗値がナトリウム以外のイオンに対しても反応して増減することなどから、良好な結果が得られない場合が生じる。一方、溶存酸素は、希釈が容易であり、水中に溶け込むと上下動が少ないこと、などの利点がある。本研究では、これをトレーサーとして溶存酸素検層を現地で行い、食塩検層と比較した。
 その結果、流動層の判定を行うには、塩分の沈降や拡散を生じない溶存酸素検層の方が有利であることがわかった。


地すべり対策工の計画・設計・施工方法に関する調査

研究期間:平10
担当者 :綱木亮介、藤澤和範

 地すべり地における地下水の挙動を詳細に調査するには、地下水の分布・被圧の状態・流動経路の把握等が必要になる。一般に観測される地下水位は、全孔長に渡って穴を開けた塩ビ管内に形成された地下水位を観測している。しかし、土塊内部には不透水層や逸水層が存在する場合もあることから、すべり面の周辺に分布する地下水脈の水位観測孔を新設し、観測結果の相違について検討した。既設の全孔長ストレーナー加工された地下水位観測孔の近傍に、部分ストレーナー等によりすべり面の周辺に分布する地下水のみの水位を観測できる構造の観測井を新たに設置して水位変動の時系列を観察した。破砕帯に位置する地すべり地では、両者の水位変動はその水位の値とともに、時系列の変動パターンにも相違が認められる。これに対して第三紀層に位置する地すべり地では、地下水位及び時系列の変動パターンがほぼ一致した。これは基盤上の地すべり土塊の全層にわたって流動する地下水を想定するとこの結果を説明することができる。この想定された地下水の流動形態を確認するために、観測孔から地下水を採水して水質分析を実施した。その結果、両者の地下水は異なるものであることが推定された。今後は他の観測孔の水質とも比較して相違の程度を評価する必要がある。


地すべり運動機構調査

研究期間:平9〜平12
担当者 :綱木亮介、冨田陽子、柳原幸希

 ダムの建設に伴い、貯水池周辺の地すべりの不安定化が時として問題となる。地すべりの多発する地質帯の一つである新第三紀層が広く分布する横川ダムの貯水池の周辺においても、幾つかの地すべり地形が散見される。そこで、9年度からこの区域の地すべりの特性を把握することを目的として、調査を実施している。
 10年度は、設定されたモデル地すべり地の地形形成プロセスを考察するとともに、地質構造、地盤特性、地下水の分布等を明らかにするため、ボーリング調査及び諸観測を行った。さらに、これらの結果を基に、地形や地下水位条件の変化に伴う安全率の変化を検討した。モデル・サイト周辺の詳細な地形判読の結果、当地区周辺には幅約800m程度の大規模な地すべり地形が形成されており、モデル・サイトはこの大規模地すべりの末端部に位置していることが明らかとなった。また、地質調査ボーリングの結果から、地質状況は、BV-2孔では下位から小国層凝灰岩・泥岩互層、小国層軽石凝灰岩、表土、また、BV-3孔では下位から小国層泥岩、小国層軽石凝灰岩、表土となっていることが明らかとなった。すべり面は、小国層軽石凝灰岩の下面に形成されているものと推定される。さらに、4ケースの切り土及び盛り土の断面形状を想定し、地下水位の有無の組み合わせから、10ケースについて、RBSM解析(間隙水圧は考慮しない)、簡便法、簡易Janbu法の3種の安定解析を実施した。


大規模地すべりの地下水流動機構調査

研究期間:平9〜
担当者 :綱木亮介、藤澤和範、柳原幸希

 これまでの地すべり監視はカメラの映像によるものと、伸縮計のように移動量の計測によるものが一般的である。しかし、崩壊直前、直後の地すべり地は、直接移動量を計測する上で設置、計測が困難である場合が多い。そこで、監視カメラと画像処理センサーを組み合わせた市販の監視システムにより、遠隔地において地すべりの移動量を間接的に測定し、カメラによる監視を行うと同時に、画像処理センサーによって移動量の計測を検証した。
 その結果、地すべりの移動量を監視、計測するには、自然条件、人為的条件を解消することにより十分監視システムに活用できるものであることがわかった。


地すべり調査・対策手法の技術開発に関する調査

研究期間:平10
担当者 :綱木亮介、藤澤和範

 斜面崩壊や地すべりの発生前には斜面の歪みが進行することが想定され、この歪みによる変化を微動探査法を用いて観測するための基礎研究を行った。地表面は風・気圧変化・波浪等の自然現象や人間の活動等によって、常に、微弱な振動をしている。微動の観測データには、微動源の情報、伝搬経路の情報、観測場所の地下構造の情報が含まれることから、斜面の歪みは新たな微動源の発生と地下構造の変化を意味するため、観測データに変化の生じることが期待される。微動観測は地表に配置した計測器を用いて実施されるため、地中の変状が地表で観測できれば斜面監視装置として有効である。一方、地中で進行する斜面の異常によって微動に変化があったとしても、その変化が平常時の微動の変化幅と比較して小さい場合には、異常なデータを捉えることは困難になることが予想される。そこで停止中の地すべり地を試験地として平常時の微動の変化幅およびその再現性の確認を目的として調査を実施した。確認試験は譲原地すべり地で実施された。一日当たり10時間の試験を3日間継続した結果、微動は時間による変動を示すものの、これらを平均化すると3日間の再現性は良好であった。今後は、移動と停止を季節ごとに繰り 返す地すべり地を対象として、停止時期と移動時期に微動探査を実施し、移動時期と停止時期の変化を確認する必要がある。